誰がいま井坂聡を [Focus] しているのか
2005.11.17 Thu
【この記事を読む前に】
2007年10月現在、井坂聡監督映画「象の背中」が公開間近に迫っていることと関連があるのか、「井坂聡」で検索して当ブログにいらっしゃる方がいるようです。
「眠い犬」にお越しいただき、誠にありがとうございます。
約2年前に書いたこの記事は、まだ口のきき方を知らない頃で、自分でも「キツい」と認識しつつ中途半端に猫画像を散りばめて、結果とっても痛いことになっておりました。
今になって直そうとする姿勢を「このチキンが!」とお怒りになられる向きもあるかと思いますが、「井坂聡」監督に興味をもたれた方のためにもと考え、骨子は変えずに若干の修正を加えました。
当時は井坂氏がTVの仕事をしている理由をあれこれ邪推もしていましたが、それが結果として今日の「象の背中」に至っているのだと今は思っています。
若気の至りのような当記事ではありますが、「井坂聡」監督のことを知りたいといらっしゃった方に何らか役に立つことを祈っています。
長々とした前置きで失礼いたしました。それでは、よろしくお願い申し上げます。
(2007.10.23 東目堂)
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TBS系の月曜ミステリー劇場「赤い不在証明」の監督が井坂聡と知り見てみた。
残念ながら、この2時間ドラマを見て「井坂聡って誰だろう」と興味をもって辿る人が出てくるとはあまり思えなかった。
という感じで今回の日記はキツい内容しか出てこないので、ここからは猫さんを交えつつ書きたいと思います。

よろしく。
「赤い不在証明」は野際陽子演じる弁護士が、15年前に弁護を担当した男に母親を殺された女(原沙知絵)の弁護を引き受けることになったところから始まる。
そういうシリアスな設定と物語のトーンとの間に齟齬がある。主人公が15年前、被告人の無罪を信じたことが過ちの発端になっているのだが、そのそもそもの起因が腑に落ちない。何故、彼女はそのとき男の言葉を信じたのだろうか。
そこが説明されないため、彼女が今度の被告人(15年前の被害者の娘)を信じると言うとこっちは「二の舞じゃねーか」などと思ってしまう。

でもそれじゃ台無しなわけですよ。
ただ2時間ドラマのどこまでが監督の采配で、どこからが脚本の仕事なのか分からないから監督のせいとは限らない。監督と言っても、脚本が先にあってそれはもう動かせないものだったのかもしれない。
そもそも、井坂聡は映画監督という私の思い込みが強かった。
映画監督で出発した人がTVの仕事をやってはいけないというルールはない。ただ、「おっ」と思って見たけれど「さすが井坂聡!」と言えなかったのが寂しい。

あんた何様のつもりさ。
映画監督としての井坂聡を有名にしたのは[Focus]だ、と私は認識している。
その後は「破線のマリス」や「g@me」などを手がけているが、それで井坂氏の名が一層広まったというふうには私は認識していない。
[Focus]は怖い映画だ。盗聴マニアの青年がTV局の制作クルーから取材を受けている―スクリーンはまさにそれを撮影しているカメラの目線である。制作クルーの暴走が青年の暴走を呼び、カメラを向ける側と向けられる側とが逆転するのだ。それをもってこの映画は「現代メディアへの痛烈な批判」と評されることが多い。

メディアは怖いよ。
私が[Focus]を見ていてぞっとしたのは、それまでなかったBGMが突然鳴り始めた瞬間だった。スクリーンは(映像が編集を受ける前の)カメラなのだからBGMが鳴るのはおかしい。実際、その瞬間までそんなものはなかった。実際にある会話や音だけが流れていた。
だからBGMが始まる瞬間、[Focus]は映画になる。
それはつまり、スクリーンが止めようと思えばいつでも外すことができるカメラから、そこに居合わせている人間の目に変わったということだ。そして人間の目はそこを逃れることができない。
BGMの音が観客に告げている。「もう逃げられない」と。

ガクプルですよ。
黒沢清は一時期、映画監督としての道を断たれそうな雰囲気になっていた頃にTVの企画を受けて「あれで大人になった」そうだ。
井坂氏にとって今がそうなのだろうか、などと邪推もする。だいぶ失礼な想像をしているのかもしれない。

だいぶね。
今週のフジテレビ系金曜エンタテインメントにも井坂氏のクレジットがあるようだ。ただの2時間ドラマだと思って見た奴の度肝を抜くようなことをしでかしてほしい。

いろいろ偉そうなこと言ってるけど愛です。
2007年10月現在、井坂聡監督映画「象の背中」が公開間近に迫っていることと関連があるのか、「井坂聡」で検索して当ブログにいらっしゃる方がいるようです。
「眠い犬」にお越しいただき、誠にありがとうございます。
約2年前に書いたこの記事は、まだ口のきき方を知らない頃で、自分でも「キツい」と認識しつつ中途半端に猫画像を散りばめて、結果とっても痛いことになっておりました。
今になって直そうとする姿勢を「このチキンが!」とお怒りになられる向きもあるかと思いますが、「井坂聡」監督に興味をもたれた方のためにもと考え、骨子は変えずに若干の修正を加えました。
当時は井坂氏がTVの仕事をしている理由をあれこれ邪推もしていましたが、それが結果として今日の「象の背中」に至っているのだと今は思っています。
若気の至りのような当記事ではありますが、「井坂聡」監督のことを知りたいといらっしゃった方に何らか役に立つことを祈っています。
長々とした前置きで失礼いたしました。それでは、よろしくお願い申し上げます。
(2007.10.23 東目堂)
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TBS系の月曜ミステリー劇場「赤い不在証明」の監督が井坂聡と知り見てみた。
残念ながら、この2時間ドラマを見て「井坂聡って誰だろう」と興味をもって辿る人が出てくるとはあまり思えなかった。
という感じで今回の日記はキツい内容しか出てこないので、ここからは猫さんを交えつつ書きたいと思います。

よろしく。
「赤い不在証明」は野際陽子演じる弁護士が、15年前に弁護を担当した男に母親を殺された女(原沙知絵)の弁護を引き受けることになったところから始まる。
そういうシリアスな設定と物語のトーンとの間に齟齬がある。主人公が15年前、被告人の無罪を信じたことが過ちの発端になっているのだが、そのそもそもの起因が腑に落ちない。何故、彼女はそのとき男の言葉を信じたのだろうか。
そこが説明されないため、彼女が今度の被告人(15年前の被害者の娘)を信じると言うとこっちは「二の舞じゃねーか」などと思ってしまう。

でもそれじゃ台無しなわけですよ。
ただ2時間ドラマのどこまでが監督の采配で、どこからが脚本の仕事なのか分からないから監督のせいとは限らない。監督と言っても、脚本が先にあってそれはもう動かせないものだったのかもしれない。
そもそも、井坂聡は映画監督という私の思い込みが強かった。
映画監督で出発した人がTVの仕事をやってはいけないというルールはない。ただ、「おっ」と思って見たけれど「さすが井坂聡!」と言えなかったのが寂しい。

あんた何様のつもりさ。
映画監督としての井坂聡を有名にしたのは[Focus]だ、と私は認識している。
その後は「破線のマリス」や「g@me」などを手がけているが、それで井坂氏の名が一層広まったというふうには私は認識していない。
[Focus]は怖い映画だ。盗聴マニアの青年がTV局の制作クルーから取材を受けている―スクリーンはまさにそれを撮影しているカメラの目線である。制作クルーの暴走が青年の暴走を呼び、カメラを向ける側と向けられる側とが逆転するのだ。それをもってこの映画は「現代メディアへの痛烈な批判」と評されることが多い。

メディアは怖いよ。
私が[Focus]を見ていてぞっとしたのは、それまでなかったBGMが突然鳴り始めた瞬間だった。スクリーンは(映像が編集を受ける前の)カメラなのだからBGMが鳴るのはおかしい。実際、その瞬間までそんなものはなかった。実際にある会話や音だけが流れていた。
だからBGMが始まる瞬間、[Focus]は映画になる。
それはつまり、スクリーンが止めようと思えばいつでも外すことができるカメラから、そこに居合わせている人間の目に変わったということだ。そして人間の目はそこを逃れることができない。
BGMの音が観客に告げている。「もう逃げられない」と。

ガクプルですよ。
黒沢清は一時期、映画監督としての道を断たれそうな雰囲気になっていた頃にTVの企画を受けて「あれで大人になった」そうだ。
井坂氏にとって今がそうなのだろうか、などと邪推もする。だいぶ失礼な想像をしているのかもしれない。

だいぶね。
今週のフジテレビ系金曜エンタテインメントにも井坂氏のクレジットがあるようだ。ただの2時間ドラマだと思って見た奴の度肝を抜くようなことをしでかしてほしい。

いろいろ偉そうなこと言ってるけど愛です。
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