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蟲師#20「筆の海」

2006.03.12 Sun

蟲に体を侵食されながら、蟲を愛でつつ、蟲を封じる。そういう娘が一人、いる。
 そう語っているのはギンコでした。

 身重でありつつ禁種の蟲を封じた、狩房家の女の身体は墨色に染まり子を産みおとして死んだ。
 それ以来、狩房家には何代かに一人、墨色の痣をもつ者が生まれます。それは「筆記者」。墨色の痣は封じられた蟲。
 筆記者は蟲を屠る話を紙に書き写すことで、少しずつ、身に孕んだ蟲を眠らせていく。疼く蟲が起こす激痛に耐えながら。
 その生涯のうちに痣を消せなければ、蟲はいずれ子孫に受け継がれるのです。
 4代目の筆記者、狩房淡幽は乳母のたまからこうした先祖の由来を教わり、たまが蟲師であった頃の話を聞き、書き取っていきました。

 やがてたまの話も尽き、淡幽は他の蟲師を呼び、また紙に綴っていきます。
 そこで時折聞かされる、理由なき殺生。淡幽は乳母の心遣いを遅れて知ることになりました。
 彼女はある蟲師に言われる。そのように思うのは実際に対峙していないからだと。

 痣のため満足に歩くこともできない淡幽の足。
 彼女が家の外で座っていたときに、声をかけてくる蟲師がいました。ギンコです。
 彼は、狩房家が蟲師の話を集めており、協力すればその話を書き写した狩房の文庫を読ませてくれると聞いてきたのでした。
 しかしもう殺生の話は聞きたくないと言って淡幽はギンコを退けようとします。
 じゃ殺さない話、と「それじゃ意味がない」という彼女の制止も無視して話し始めるギンコ。
 …あれだな、「聞かせたんだから見せろ」と迫るつもりだったんだな。一方的なセールスマンみたいやね。

 淡幽はギンコに、生物と蟲が共に生きている話をもっと聞きたいと願います。
 それからギンコは狩房家をときたま訪れるようになったようです。
 今回の物語の時制は、何度目かで狩房家を訪ねるギンコ(現在)→淡幽の子ども時代→最初にギンコと会ったとき→現在と流れていました。

 現在のギンコが狩房の書庫で紙を広げていたとき、しみが紙を食い始めて、文字列が崩れ紙からあふれ出します。
 そして淡幽の部屋に集まった文字を、淡幽が箸で摘まんで、記憶している配置の通りに紙に写していく(移す、と同音なのは偶然か)。
 この作業を再現した映像に私は魅入られました。
 ギンコの話を聞いた淡幽の体の表面に文字列が浮かび上がり、紙に写されていく場面も然り。
 生き物として蠢く文字の妖しさ。

 ギンコは外が見たいという淡幽を背負って、前に彼女と会ったところへ連れて行きました。
 淡幽は自分の生涯を閉じるうちに痣が消せるだろうかと考えています。歩ける日は来ないかもしれない。先代が痣を消せず次世代に継いだのと同じように。
 ギンコは彼女に尋ねます。歩けるようになったら何がしたい?
 淡幽は答えました。歩けるようになったらギンコと旅がしたい。
 冗談だと茶化す彼女に、「いいぜ」と応じるギンコ。それまで生き延びたらの話だが。明日には蟲に食われるかもしれない。
 それでも「生きてるんだよ」と淡幽は言う。

 朝焼けの空が、紙と墨の白黒の世界に色彩をもたらす。


【感慨に耽って全体の感想を述べてみちゃったり】------

 この「筆の海」にて「蟲師」TV版は終わりを迎えました。
 伝え聞くところでは全26話の予定が打ち切りになったそうで、それは実に残念なことであります。
 が。
 少なくともこの「筆の海」で閉じた全20話は、それでひとつの物語譚として揺るぎないものになっていると、私は思うのであります。

 #1「緑の座」で、ギンコはまず蟲を屠るのではない蟲師として登場しました。
 人間と蟲、二つの世界の狭間に滑り落ちてしまった廉子ばあさんを完全な蟲にする。それは彼自身が二つの世界にまたがる異質な人間だからできることでした。
 #2「瞼の光」、#3「柔らかい角」でも蟲の世界に迷い込んでしまった子どもを彼は人間の世界に戻してやる。
 そして彼自身は何者なのか?
 白髪で緑の目、それも片目しかない顔。
 #2はそんな疑問を視聴者の念頭に置かせるよう仕向けます。

 それから次第にエピソードには「里と個人」という主題が多くなってきて、漂泊するギンコとの対比を際立たせる。
 #11「やまねむる」でそれは頂点に達します。
 ギンコと同じ流浪の蟲師だった男がある理由から里に縫いつけられ、あることを諦めて、消滅します。彼が存在していたという事実すらも。
 彼を止められなかったギンコはただ、茫洋とした風体で佇む蟲を見るだけ。

 続く#12「眇の魚」は、ある人が指摘していたように、#11「やまねむる」と対照的になっていました。
 ギンコと同じ蟲師。存在していたということすら消滅するその人。その後ろに茫洋と存在する蟲。
 ここで視聴者はギンコが何者だったのかを知ります。それは視聴者だけにそっと手渡された秘密です。
 彼の容姿が私たちにそれを伝えています。
 誰に聞こえるでもないぬいの声(#1からずっとあったNA)が私たちに語りかけています。
 そこから先、あたかも廉子が蟲の世界に置き忘れた半身のように、私たちはぬいとトコヤミの世界に残ったギンコの半身として、彼を見ることになるのでした。

 以降のエピソードはゆるやかに「里と個人」というテーマの鳴りを潜めていく。あるいは、もうギンコは「子どもから見た不思議な大人」という姿をしていません。

 そして#20「筆の海」。
 ギンコにはかの人から受け継いだ蟲師としての姿勢が息づいていて、それを共有できる者が存在した。
 ギンコはその人との約束を得て、歩き出すのです。
 その約束は果たされないかもしれない。むしろ約束を交わした当人たちにも、果たされないものとして自覚されているかもしれません。
 でも大切なのは約束が果たされることではなく、その約束を目印にして、暗闇のなかでも歩いていけるということなのです。

 淡幽は蟲の物語に囲まれ、そこに留まりながら、外を歩いていくギンコを見守っている。
 視聴者もまた淡幽と相似なのだというのは、考えすぎでしょうか?
 だって私たちの手元にはひとつの秘密と、ギンコが淡幽に語った筈の物語が残されているのです。


【いつも話が長くてごめんなさい】------

 また性懲りもなく全体を振り返りなどもして(#19を見逃したくせに)長々と述べてまいりましたが
 要約すればアニメ版「蟲師」は、原作をいたずらに変えることなく、でも話の順番は変えてひとつの物語譚を完成させた、と。
 もっと簡潔に言えば
 長濱博史監督を始めとする制作陣はGJ!
 超GJ! マーベラス!
 あんたら漢だよ!
 そんな心の掛け声と共に、私は「蟲師」の終わりを盛大な拍手をもって迎えたいと思います。はい拍手!

 なあ、これだけ絶賛したんだから、そろそろ俺の左目に棲みついた蟲、払ってくんねえかな…(それは「ものもらい」ですぜ旦那)

テーマ:蟲師 - ジャンル:アニメ・コミック

蟲師#18「山抱く衣」

2006.02.26 Sun

OPなしで始まる冒頭は、ギンコと、彼に内側に山の絵が描いてある羽織りを見せる商売人とのやりとりから。
 ときおりこの絵の山から、ゆらゆらと、煙が立つのが見えるといいます。
 それは実在の山でした。ふもとの里の者だったカイは、町の絵師に師事するため里を発ちます。カイの姉は彼に、全て山のもので作ったという羽織りを着せてくれました。

 彼は師のもとで雑用をこなす日々を送ります。
 あるときカイは、洗うように言われた絵皿の緑の絵具を見てこらえきれず、その余りの絵具で羽織りの内側に故郷の山を描きました。その絵が師匠の目に留まり、正式に絵を教わることになります。
 やがてカイは自らも絵師として身をたてるようになりました。
 始めのうちは絵具代にも事を欠き、あの羽織りを質屋に預けて工面します。
 絵が好評を博すると依頼は増えて納品の請求の手紙もひっきりなしに訪れ(その中に里からの手紙が混じっていたのですが)見ることなく燃やしてしまう。

 カイは次第に絵が描けなくなります。
 休養を勧められ、里に戻った彼が見たものは、三年前の地滑りで変わり果てた山と荒れた故郷でした。
 カイの父はそのときに亡くなり、残った里の者でカイに救援を求める手紙を出した。けれどもカイの返事はなく、姉も翌年に子どもを産んで間もなく死んだ―
 姉の子どものトヨ(カイの姪ですね)を育てているおばあさんからそう聞かされたカイは、町へ戻るようにも言われますが、里に残ります。
 どうせもう絵は描けない。

 おばあさんはカイに言葉こそかけないものの、作物をカイの家の戸口にそっと置くなどして援助してくれました。だが彼女も息を引き取り、残されたトヨを、今度はカイが里の者に懇願して引き取ります。
 「体も頭も育ちが遅い」トヨ。彼女の庇護者としてカイが精一杯やっているのを見かねたのか、里の者も手助けしてくれるようになりました。

 他の人と一緒に農作業にも加わるようになったカイ。
 作業の帰り、山にあの不思議な煙が戻っているのを見て、山に立ち入ると土の中から何かが出てくる。
 それはギンコでした。
「いや、別に怪しいもんじゃない」
 急に面白くなってきました。今日の蟲師はひと味違う。

 ギンコは例の羽織りから、蟲の気配はするもののその正体が分からず、化野に売りつける前に絵のモデルとなった山を訪ねたのでした。
 ところが山に入った途端に異変が生じ、ギンコの背中の箱(の中の羽織り)がずんずん重くなって土の中に沈んでしまったというのです。やっと這い出たら、羽織りの蟲の気配は消えていました。
 この羽織りに棲んでいた蟲は、元々は山に居るウブスナだった。地滑りで山を追われた蟲が山の匂いを求めて羽織りに棲んだ、とギンコは言います。ウブスナが地上に出ると煙のよう見えるのだと。

 蟲がいなくなっても、あの羽織りはカイにとっては大事なもの。ギンコは羽織りを売ってくれというカイの願いを聞き入れる代わりに、化野用に同じ羽織りに同じ絵を描いてもらうのでした。


 今回は里の話でしたが人を縛りつける里ではなく、人を受け入れる側の里が描かれていてほんわかしています。
 トヨの成長の遅れの原因が分かり、今後の対処法が示されたところなどは過剰とも言える親切設定です。「蟲師」にしては珍しい気が。
 いちどは取り返しのつかないことをして、里からよそ者同然に扱われるカイ。しかし彼が弱者を庇護する役割を引き受けたことで里も彼を受け入れる。

 ギンコが土の中から出てきて以降の展開が楽しかったです。
 彼がずんずん沈んでいくときのポンポコポンポコ(って聞こえた)いう効果音とか。ギンコに偽物を売りつけられる化野先生とか。
 非道いなギンコ。所詮、金だけの関係か。

 絵筆を絶ったカイは、でも絵具は持ってたんですね。描けないって辛いでしょうね。自分がなくなったも同然なのでしょう。芸で身を立てる職業の辛さ。
 カイが土に親しむ生活に戻ってお金のためでない絵を描くところで物語の最後をしめていて、それが余韻を残しています。トヨが楽しそうなのも良かった。
 カイはこれからトヨのために絵を描いたりするのかな、と想像させるような結末でした。

テーマ:蟲師 - ジャンル:アニメ・コミック

蟲師#17「虚繭取り」

2006.02.19 Sun

前々から視聴者の疑問としてあがっていた、「ギンコのように旅をしている蟲師はどうやって依頼の手紙を受け取っているのか」。
 今回はその仕組みを公開、かくも不思議な繭のお話です。

 ギンコが背に負っている木の道具箱には、小さな引き出しがたくさんついています。そこから紙で封をした蚕の繭を取り出しました。
 封を開けて中から取り出したのは手紙。ただ、それは千切れていて、それにギンコ宛の手紙ではありませんでした。
 文の差出人は綺(あや)。宛先は緒(いと)。
 ギンコは、綺の家を訪ねます。

 綺の家の天井からいくつもの繭が垂れ下がっています。
 その繭の中に手紙を入れて封じると、その繭と対になっている繭の持ち主のところに届く。そういう仕組みのようです。
 ギンコは彼女の事情を知っているらしく、そのうえで忠告をします。
 緒はまだ何処かにいるという綺。
 だがもう連れ戻すことはできないというギンコ。

 綺と緒は姉妹(おそらく双子)で、代々「ウロ守」という仕事をしている家系の生まれでした。
 山のじいさま以降、「ウロ守」に必要な能力=ウロ様という蟲が見える素養をもった者が現れずにいたけれど、この姉妹は二人ともそれを備えていた。
 そのため、十歳になってどちらか一人が親元を離れて、山のじいさまのところに行くことになっていました。
 しかし彼女たちは互いに離れがたく、二人ともに山に行くことになります。

 「ウロ守」の仕事とは。
 二匹の蚕の蛹が一緒につくった大きな繭「玉繭」で、それが空になっているものを探し使います。
 空の繭には蛹の代わりにウロ様が棲む。
 玉繭は二本の糸で出来ているので、それをばらして二つの繭を作る。すると玉繭の壁が薄くなるので混乱したウロ様が外に出てきます。
 ウロ様をすくって、ばらして作った繭の片方に入れ封じます。この繭が「壱ノ巣」になります。もう片方の繭が「弐ノ巣」です。
 これでしばらくウロ様はこの二つの巣の間しか行き来できなくなりました。
 壱ノ巣をウロ守の家に置いて、弐ノ巣を蟲師に持たせれば、壱ノ巣に入れた文をウロ様が弐ノ巣に届けてくれるのです。
 ただ、ウロ様はどんどん虚穴というものを広げていく習性があるため、数年でまともに文が届かなくなってしまいます。
 冒頭のギンコの場合がそうでした。これが繭の「替え時」になるのです。

 じいさまは姉妹に大事な忠告をします。
 ウロ様は密室にわいてくる。だから戸を閉じてはいけない。誤って閉じたら、開けてはいけない。
 密室を開けようとすると、逃げ出そうとするウロ様に取り込まれて、ずっと虚穴を彷徨うことになる。


 この時点で視聴者は、いま緒がいない理由がおぼろげに想像できたことでしょう。そう、緒は虚穴に入ってしまったのです。
 閉じたものを開けてしまったのは綺。
 それはごく些細な、日常的な動作。長閑な鳥の声が聞こえる、明るい昼、日常の隙間から彼女はすうっと消えた。

 アニメではこの緒が消える瞬間をごく淡々と描いていました。
 だからとても怖い。ごく普通に身についていた自然な動作が、取り返しのつかない落とし穴になってしまうということが。
 そして、突然に突き放されたような綺の、現実の受け入れられなさもすんなり腑に落ちます。
 ギンコは綺に虚穴を実際に見せることで、彼女が自分の現実にぽっかり開いてしまった空洞を自分で埋めてくれるよう願う。

 それからの後日談は、いつもの「蟲師」とちょっと違った顛末を見せます。
 緒はある家の繭から十歳のままで出てきて、その胸元に綺の文を携えていました。言葉は殆ど忘れていたけれど、その文を頼りに故郷に戻ったといいます。
 不意打ちに近いハッピーエンド(?)。ひょこっと消えてひょこっと戻るなんて本当に昔話みたいです。

 それでも、ただの「都合のいい話」にはなっていないと思います。
 虚繭の作り方が丁寧に描写されていて面白かった。もちろん架空の話ですけど、具体的な作業を織り込み、適度に制限も加える(数年で使えなくなる)ことで「ウロ守」に生業としての重みが与えられています。
 そういえば昔、社会科学習などでやっていた「○○の作り方」を見るのが好きでした。

テーマ:蟲師 - ジャンル:アニメ・コミック

蟲師#16「暁の蛇」

2006.02.12 Sun

桜が降るように散る季節。
 ギンコと川渡しの男との会話を聞いていたカジは、ギンコに母のさよを見てもらいます。
 さよは昨年の春から尋常ではない物忘れをするようになりました。
 団子が分からなくなったり、くしゃみを忘れたり、妹の顔すら分からない。それは最早、物忘れと言うよりは進行性の記憶喪失です。
 また物忘れが始まると同時に、夜も昼も寝なくなりました。
 彼女は夜は機織をしながら繰り返し、行商に出てまだ戻らない夫のことを思い出し忘れないようにと努めています。
 さよ自身も、このまま物忘れが進行して夫や子どものことまで忘れてしまうことを怖れているのです。
 忘れたことさえ忘れてしまうことを。
 さよはいつも食事のとき、夫の分まで用意する。「影膳」といい、こうすることでその人が旅先でも食べ物に困らないという言い伝えなのだそうです。

 明け方、さよが少しうとうとして、間もなく立ち上がったときギンコはその蟲を見ました。
 それは影魂。記憶を食う蟲で影の姿をしており光に弱いが、脳内に深く入り込んでしまうと手の出しようが在りません。
 だからさよに出来ることは忘れたくないことを忘れないようにする努力。
 毎日繰り返していること、考えていることは今も覚えている。蟲が宿主の生命維持のため日常の基本となることは残しておくのではないかとギンコは推測します。
 より多くの記憶を蓄えること、忘れたくないことは毎日思い出すことをギンコに勧められたさよは、唐突に夫を探しに行くことを決めました。
 ずっと家で待って閉じこもっているより、自分から外に出てみよう。
 出発するさよとカジを見送り、ギンコも発ちます。

 ギンコがその後の彼らの経緯を知るのはちょうど一年後の春。
 カジと再会したギンコは、彼の口から、さよの夫が西の町で別の家族と暮らしていたことを聞かされます。
 それを目の当たりにした彼女は何も言わず、カジを引っ張って帰路を急いだ。そして道の途中で深い眠りに落ちてしまう。
 カジはある暁にさよの身体から大きな影の蛇が出て行くのを見ます。すると彼女は目覚める。
 さよはカジのこと、家のこと、身の回りのこと以外の殆ど全ての記憶を失っていました。

 茶屋を始めたさよは日々新しいものを見て、驚いたりしながら、楽しそうに暮らしているというカジ。
 ただ、彼女は今でもほとんど眠らないで機織をする。そして食事のときは三人分用意する。
 どうしてそうしなきゃいけないと思ったのか分からないけれど、そうすると安心する…


 桜が散るときのふわりとした感触が、さよの雰囲気と重なります。
 「暁の蛇」はやりきれない部分もある話ですが、さよのふわふわとした性質が全体を優しく包んで、悲痛さを鋭く尖らせない。
 記憶が日々消えていく有り様も、散る桜に重ねられているのでしょう。
 ただ意味を失った習慣だけが残る。
 記憶の中には「身体の記憶」という概念があるそうです。例えば自転車の乗り方を私たちは身体で覚えていて、それは他人に知識として教えることができない。
 さよが夫のことを忘れた今でも影膳を用意するのは、そうした身体の記憶なのでしょうか。
 カジだけがその行為の意味を知っている。さよの記憶の残骸が、記憶をもつカジを悲しくさせるのです。

 忘れたことさえ忘れてしまう、という言葉からは、同じ「蟲師」のエピソード「眇の魚」を思い出しました。
 ギンコは忘れたことさえ忘れてしまっている。ギンコを見る読者(視聴者)は、さよを見るカジの立場に置かれてるんだよなーとふと感慨に浸ってみたり。
 春はセンチメンタル過剰な季節です。

テーマ:蟲師 - ジャンル:アニメ・コミック

蟲師#15「春と嘯く」

2006.02.05 Sun

雪で進めなくなったギンコが訪れたのは、すずとミハルという姉弟が二人で住む家。
 すずは、自分には見えない、奇妙な生物が見えるらしい弟の行動に悩んでいるようでした。
 ギンコはミハルが見ているのは蟲だとすずに教えます。
 ギンコも子どもには弱いのか、はたまた冬で弱ってるからなのか、蟲の中でも害のあるものとないものとを彼に教えると請け合いました。後で人の話を聞かない・落ち着かないミハルに手を焼き後悔しています。

 ミハルは三年前の冬、行方知れずになったことがありました。里の大人と一緒に捜索しても見つからない。ところが春になって彼はひょっこり戻ってきたのです。
 それ以来、冬の食べ物が尽きた頃にミハルはいなくなり、晩にはふもとに倒れている。冬には採れない筈の山菜を持って。そして春まで昏々と眠り続けるのでした。
 すずからその話を聞いたギンコは、それがウソブキという蟲の起こす「春紛い」かもしれないと考えます。
 ウソブキが紛い物の春を起こして動物たちを引き寄せ、その精気を吸う。

 ギンコはミハルに、どこで山菜を見つけてくるのか聞き出そうとしますが、彼は教えてくれません。ギンコは言います。
「戻る場所があるんだからあまり向こうに踏み込みすぎるな」
 ギンコには戻る場所がない。
 彼がすずたちの家に留まっている間に、やはり蟲が寄ってきていました。ギンコは天井に蝶のさなぎのような蟲を見つける。
 そしてあるときミハルは外に出ていき、ギンコが探しに行くと雪の中で倒れています。
 ミハルの持っていた袋を開けると中には山菜と蝶が入っていました。飛び立っていく蝶。
 ギンコは蟲を寄せすぎたと、眠り続けるミハルをすずの元に置いて出立します。「ミハルが寂しがる」と言うすずに、また顔を見に来ると彼は約束していきました。

 そしてまた 冬山でひとり 春と嘯く

 翌年の冬。
 ギンコが姉弟の家を訪ねると、春になれば目覚める筈だったミハルはあれから一年間眠ったままだといいます。
 目覚めるための何かが足りない。ギンコは去年、ミハルがいた場所を探索することにします。
 家を出るギンコの腕を無言で握るすず。

 雪の中でギンコは蝶を見つけました。
 追っていくとその先に広がっている、紛い物の春。動物たちが次々と眠りについていく。
 蟲の正体をつかんだギンコも、やはり眠りに落ちていく…

 ギンコを見つけて家に寝かせたはいいものの、どうしていいか分からないすず。
 彼女はふとした折にギンコのコートから落ちた竹筒を拾い、蓋を開けます。すると中から蝶が飛び立つ。だがそれは彼女には見えない。
 暗闇の中に響くどおん…という低い音。
 春の足音でしょうか。
 ギンコはもう春が来たと、冬眠から醒めるようにして目を覚まします。そしてミハルも。




 「春と嘯く」は久々に、ギンコを除けば子どもしか出てこない話でした。
 放映を今のこの時期にもってきたのは、偶然かもしれませんが、非常に良いタイミングだと思います。
 春紛いで零れ落ちるように降ってくる桜と、その外の現実ではしんしんと吹きすさぶ雪。この対比が美しく、アニメで見られて良かった。眼福。
 すずとミハルの姉弟が、人懐こいわけではないけれど、ぼんやりと温かい。ギンコにとってはそれもまた、冬に咲く紛い物の春。
 ひとつ処に留まれないギンコの業が今回もうかがい見えるものの、話全体の印象は優しいものでした。

 ギンコと子どもとのやりとりが中心になるという点で、「春と嘯く」は「柔らかい角」や「瞼の光」と共通します。
 それらがまた共通して優しい感じをもつ(と私には思われる)のは、他の話ではしばしば焦点となる里という人間の集団組織と個人との葛藤に、あまり焦点が当たっていないためではないでしょうか。
 もっと言えば、そこでのギンコは、蟲の世界にはまり込んで人間の世界への戻り方が分からなくなってしまった子どもを、そっと手を引いて帰してやる。そういう大人として機能している。
 無論のこと、ギンコにそれが出来るのは、彼が世界の狭間にいる「奇妙な」大人であるがために他ならないのですが。
 ミハルを諭すときのギンコの言い方が優しいと思いました。
「(蟲は)決して友人じゃない、ただの奇妙な友人だ」…「好きでいるのは勝手だけどな」

 すずとミハルのギンコに対する懐き方も、ちょっと距離が残っている奥ゆかしさがあっていじらしいです。
 ギンコが去るとき、すずは「ミハルが寂しがる」と言い、ミハルは「姉ちゃん寂しがる」と言う。
 半分はきょうだいのことを思っているんだろうけどもう半分は、本当は自分が寂しいんだろーこいつめこいつめーと抱き締めたくなります。

 感想は以上です。
 以下は、極私的なくっっだらない考察ですので、とくにミハルが好きな人は読んじゃダメ!メッ!だよ。

テーマ:蟲師 - ジャンル:アニメ・コミック

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